元気は日は〇

朝日新聞 天声人語 2024年1月13日

 終戦の年。東京でもいよいよ空襲が激しくなった。まだ字も書けない幼い娘を、父親は学童疎開に出す。予め宛先を書いたはがきの束を渡し、「元気な日はマルを書いて、毎日1枚ずつポストに入れなさい」。向田邦子さんが妹のことをふり返った随筆である。

初めは、紙からはみ出すほど大きな赤マルが届いた。ところがマルは急に小さくなり、バツに。じきにそれさえ来なくなった。3カ月たってようやく妹が帰ってきた時「私は父が、大人の男が声を立てて泣くのを初めて見た」

送り出される子は辛い。だが送り出す弟も、さぞ辛かろう。地震の被害が著しい輪島市が、市内の全中学生401人を対象に一時避難を検討している。希望者は親元を離れ、約100㌔離れた施設で寝泊まりするという。

苦しい時に家族が離ればなれになることを、敢えて望む人はいまい。だが校舎は避難所になっており、いつから以前のように学べるのか分からない。どちらが子供のためか。決断を迫られた保護者の心境を思うと、何とも切ない。