内灘の河北潟の干拓の歴史など知る由もなかったんですが、大規模な液状化による被害が出たことによってなぜこのようなことが起きたのが考えて行き着きました。
この航空写真で、海に流れ出る放水路に現在は立派な斜張橋があり、そのそばに金沢医科大学病院があります。
干拓堤防で閉め切って、そこに砂丘の砂で埋め立てて、広大な干拓地が出来た。
現在そこには畜産団地が出来ていますし、道沿いに住宅も建っています。
元々湖やため池だったところに砂で埋め立てて、そこに住宅を建てた。
これって、誰がやったのかな?国?県?町?
電柱も建物も砂に沈む。まるで砂地獄。さらに少しずつ建物が沈下しているらしい。
秋田県の大潟村。ここはかつて琵琶湖に次いで日本で2番目に大きな湖だった八郎潟を埋めてて、大規模稲作を目指しました。どことなく似ています。